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家族のこころ

統合失調症の夫、母娘の闘い、子育て論。精神世界について得た学びや知識を共有したいです。

6歳までの子供との接し方でその子の”心”が決まる!

育児

私が19歳から24歳まで苦しんだ過食症も、夫が統合失調症と診断されるほどにインナーチャイルドが満たされていないことも、幼少期の親の接し方に間違いがあったからだ。

ほとんどの精神疾患は親との関係によって作られる。今、子供が精神を病んでいる、暴れているという親は、耳を塞がず、目を背けずにしっかりと読んでほしい。

 

私が出産後に読んだ子育て論の良書。

 


かわいがり子育て―3歳までは思いっきり甘えさせなさい


子どもを信じること


文庫 お母さんはしつけをしないで (草思社文庫)

 

どれも、親子の問題に詳しい臨床心理士、カウンセラー、児童精神科医が書かれた、とても分かりやすい、愛のこもった本だ。

そして、子育てで大切なこととしておっしゃっていることは、共通している。

 

前記事で書いたRASのセッションでは、”信じ込み”は胎児の時から6歳3ヶ月までに決まると言われた。私の”信じ込み”は2歳の時にできた。

夫の場合は、胎児の頃に「羊水が冷たいな」と寂しく感じている記憶が魂に残っているそうだ。夫はまだRASは受けていないが、シーターヒーリングや長典男氏などのセッションで分かっていることは、体内にいる時から5歳までに「自分は歓迎されていない」「生きていてはいけないのではないだろうか」などと感じていた。

 

一般的に0歳から3歳までは、必要な時に助けてもらうことを求めている。泣いたら抱っこしてもらう、おなかがすいたらおっぱいやまんまをもらう、おしりが気持ち悪かったらおむつを替えてもらう、倒れそうになったら支えてもらう、このような経験を通して、”人を信頼する”ことを覚える。

そして3歳から6歳頃までは、できたことを褒めてもらうことを求めている。自分で洋服が着られた、おもちゃを他の子に譲ることができた、挨拶できた、など何でも下手でも何か新しいことができたら全力で褒めてもらう。その経験を通して”自分を信じること”つまり自己肯定感を養う。

6歳までに、人間の基礎となる「他人を信頼すること」と「自分を信頼すること」の2つを育むことができなかった場合、思春期、青年期に問題行動を起こしたり、精神を病んだりし、そこでも親がまだ問題の本質に気づかなかったり目を背けていたりした場合に、満たされない子供の心を抱えたまま大人になり、他人とのコミュニケーションに支障が出て、人間関係をうまく築くことができない、”生きづらさ”を抱えることになる。

 

ではどんな風に接すれば、その時期その時期の子供の要求に応えてあげられるのか?

それは、”過保護にすること” だそうだ。

 

多くの人が勘違いしていることだが、”過保護”と”過干渉”は違う。佐々木先生によると、過干渉の親は非常に多いが、きちんと”過保護”できている親はほとんどいないそうだ。

 

過保護とは、その時期の子供が望んでいることを、存分に叶えてあげること。望む以上にしてあげること。

抱っこを求めれば自分から降りたがるまで抱っこしてあげる。1人遊びしたいなら好きなだけ1人にしてあげる。自分で持ちたいなら持たせてあげる。

そんなことしたら転ぶのでは?とか、危ないなあ、とか思っても、手を出さずに”見守る”こと。命に関わる危険がある時以外は、ただ”見守る”こと。転んでもいい。子供は柔らかいからそんな大けがになることはめったにない。失敗をたくさんすることで、学ぶのだから。

見守ることは大事。子供は1人で遊びながらも、時々親の方を振り返って見ているか確認する。見守られていることが分かっているから、安心して1人になれる。

 

過干渉とは、子供が望んでもいないことを先回りしてやってあげること。

子供が自分でつかもうと手を伸ばしているのを待てなくて渡してしまう。転びそうで怖いから抱っこしてしまう。12時にごはんを食べないと後の時間が狂ってしまうからおなかがすいていないのに無理やり食べさせる。

6歳以下の幼い子供には、”未来を予測する力”がまだない。

このコップを掴んだら倒れて水がこぼれる。なんていう予測は最初からできない。コップを掴んで水をこぼしてやろうなんて悪意をもって手を伸ばしているわけでもなく、ただ触ってみたい、なめてみたい、あれは何だろう?という好奇心だけで手を伸ばしている。

その手を遮る”過干渉”も、その好奇心を無視する”放任”も、どちらも子供の心を深く傷つける。

過保護にするには、親の”待つ”力と、未熟な子供の能力を”信じる”力が必要

 

私の母は、過干渉タイプだった。幼い頃から、もうすぐ子供(私)が40になろうという今もまだ、過干渉だ。

私がスーパーで買ったものを袋に詰めているのを、待っていられなくて手を出す。頼んでもいないのに、何か買ってくる。孫の離乳食に、と勝手にほうれん草をゆでておいたよ、と言われたけれど、私が葉先だけゆでた?芯は固いからダメだよ、と言ったら「そんなん先に言ってよ。はあ~(お母さん一生懸命やったのに)」お母さんが孫のためにほうれん草今日ゆでるなんて知らないから先に言うこともできないよね?

過干渉の親というのは、子供にそれがほしいか必要か聞くことはなく、いつも自分の判断で、「よかれと思って」勝手にやる。それで子供が「いらない」と言ったり喜ばなかったり、欲しいのはこれじゃなくてあれだったのに、とか言われるとすごく落ち込んだり怒って見せたりする。随分自分勝手だ。喜んでほしいなら、望むことを相手に聞いてからやるべきでしょう。決めつけるな。

母は、父に対しても誰に対してもそうなのだ。昨日も父がお風呂の準備をすると言って立ち上がったのに、母は食器洗いの手を止めて、「いいよ私がやるから!」と浴室に向かおうとしていた父を押しのけてまで自分が行った。やる気や善意をはねのけられた父の少しがっかりした姿を私は横で見ていた。

そのくせ母は、「お父さん家のことな~んもしないよ。お母さんがどれだけ忙しくも何にもしない。」と文句を言う。おかしいよね?お父さんがやろうとした時に母は”どれだけ忙しくても”自分で先にやるんだから、自分でやらないと気が済まないんだから。父がやらないのではなくて、母が”やらせない”んだよ。

家族はみんな、自分なりに自分のことも、家のこともやろうとしているんだよ。それを信頼してないから、母は自分より上手に早くできる人間なんかいないと思っているから、遮って全部自分でやって「母さんばっかり忙しい」とぼやいている。

 

逆に夫の家は、放任、育児放棄だった。

小学校に上がっても、朝誰も起こしてくれなかった。朝ごはんは、自分でパンを焼いていた。夕食も、引き出しに100円玉がたくさん入っていて、それで自分で買って食べたりしていた。学校に上がる前は、母親に雀荘に連れて行かれて、その床で1人でおもちゃで遊んでいたそうだ。母親は、子供が遊ぶ姿を見守ることなく、自分の遊びに夢中だった。

統合失調症の夫と暮らす妻へのカウンセリング』のカウンセラー藤本さんもおっしゃっていた。統合失調症患者さんで育児放棄されていた方は多いですよ、と。

 

だから、0歳から6歳までにたっぷり愛情を注ぐことは、子供の望みを叶えてあげて、たくさん褒めてあげることは、塾や習い事をさせることなんかよりもはるかに、ずーっとずーっと大切で必要不可欠なことなんだよ。

「自分は生まれてきてよかったんだ。生きていていいんだ。自分の存在を、周囲のみんなは喜んでくれているんだ」この、人と自分への信頼を作ることこそが、先の人生を何があっても生き抜く力の土台となる。

学問はいくつになっても始めることができるが、信頼の構築、自己肯定は後になってからでは非常に難しい。

現に私も、2歳の時にできた”信じ込み”で自分からしんどい現実を引き寄せていたなんてことに、39になって気づいたのだ。それでも私は早い方で、多くの人はそんなこと夢にも思わずに「なんで私ばっかり・・・」「自分はこういう宿命なんだ」と自分の不運を嘆いたりして一生を終わる。

親の対応が間違っていたために、自分が今苦しいことに気づいたら、親を直接責めてもいい。ただし子供に言われても親の考え方は変わらない。「一生懸命育てたのにそんな風に受け取るの?」と逆に責められるだろう。親だって子供を苦しませてやろうと思って育てていたわけではない。自分もそうされてきたから、他を知らないから、無意識にやっていただけ。

だから、親を直接責めることに貴重なエネルギーを使わないで、親のせいで”信じ込まされた”、今の自分の足かせになっている洗脳を解く方にエネルギーを使った方がいい。

洗脳を解く方法はたくさんある。私がお会いした能力者の方々。木村藤子さん、長典男氏、シーターヒーリング、RAS・・・

でもまずは本を読むのが一番だ。本を多くの”気づき”を与えてくれる。

子供としての自分の洗脳を解いてあげるのも大切。

もし今自分が親ならば、自分の子供には自分の無知無自覚のために無駄に子供を傷つけないようにしたい。

人間が生まれてきて最初に求めることは、他者を信頼することと、自分を信頼すること。それさえあれば長い人生、強く優しく生きていける。

親が最もやらなければならないことは、しつけではなく、子供を信じること!

ただただ信じて、見守る。ありのままを認めてあげる。

それだけなんだ!