家族のこころ

統合失調症の夫、母娘の闘い、子育て論。精神世界について得た学びや知識を共有したいです。

執着が人を苦しめる

離婚問題が起きてから、夫と母が似ていることに気がついた。

 

夫と母は対立しているが、それは私という人間への執着によるものだ。

 

僧侶は人間の欲望の一つであるこの”執着心”を取り払う修行をする。

 

執着心は自分も相手も苦しめる。

 

執着は誰も幸せにしない。

 

去る者追わず、来るもの拒まず。

 

これが楽に生きるためには必要な心構えなんだと思う。

 

 

夫も母も、自分から離れて行こうとする私を引き止めるために

私を責めたり、時には同情心や罪悪感を誘うようなことを言ったりする。

 

「私から離れたらお前は幸せになどなれない」

「(自立したいなんて)あんたは頭がおかしい。病気だ。」

「あいつのところへなど行かないでここにいた方がいい。」

 

(お前のせいで)悲しい。寂しい。辛い。しんどい。

自分は一生懸命やってきたのに。

あんたは何が気に入らないのか?

 

母と夫が私に発しているメッセージは、同じだ。

 

とにかく今すぐ実家を出ろ、と繰り返す夫と

子供が小さいんだから家にいなさい、という母。

 

どちらも私を信頼していなくて、

私自身の気持ちや決意はそこには存在していない。

 

自分に執着している人間と同じ空間にいるのは

ものすごく窮屈で息ができない。

 

同じ空間にいるとき、私を無遠慮にじーっと見ている母。

私が何をしていようがおかまいなしに横に張り付いて

自分の話を何時間でもし続ける夫。

 

子供が小さいから

同じ空間にいるなら、私ではなくて子供を見ていてほしい。

 

どうしてもう40歳の立派な大人である

私を、片時も1人にしてくれないの?

 

別にじーっと見ていなくても

私は転んだり指を挟んだりしない。

 

ぴったり横に張り付いていなくても

大丈夫だし、大人である私には自分の段取りというものが

ある。

 

どうしてみんな、私に張り付くの?

 

義母も同じだった。

 

義母が家に来た時、

1歳の孫よりも私のそばにくっついておしゃべりし続けた。

 

私が部屋を移動すれば付いて来る。

 

1歳の危なっかしい子供がリビングにいる。

 

私は大人が複数いるから、見ててくれるだろう。と思って

トイレに行く。

 

なんと義母も夫もトイレに付いて来る。

トイレの前で私に話しかける。

 

服を洗濯カゴに入れに脱衣所に行く。

飲み物を取りにキッチンに行く。

 

そんな些細な行動すら、1歳の子供をリビングに放置したまま

大人が私の後ろを付いて来る。

 

これって、おかしくないですか?

 

いやいや大人が3人一緒に移動して

小さい子放置って!

 

誰か子供見ててよ!

 

私はいつも子供見てるんだからたまにいる時くらい

子供の相手して私にゆっくりトイレくらいさせてよ!

 

そんな風になんども言った。

 

だけど、「付いて行ってるつもりはない」と言うのだ。

 

無自覚なんだよ。

 

なんでみんな、私を放っておいてくれないんだろう?

そんなに張り付いて何時間も喋らなきゃいけないことがあるの?

 

モテる。

 

、、、のとは、違う。

 

これは執着。そして依存。

 

私には依存や執着を受け入れる隙があるのだろう。

 

完全に人を切れない情の深さかもしれない。

つい相手の気持ちを考えてしまう優しさかもしれない。

 

母の執着を切り離せないでここまで来た私が

引き寄せる他人もまた、私に執着するタイプの

幼稚な人間だった。

 

でも、いい加減もう私は息ができない。

 

元来私は、

水瓶座でペガサス。自由を愛する星の生まれだ。

 

束縛や強要が何よりも嫌いなのだ。

 

だから、私に執着する大人と暮らすのは無理。

 

こういう大人は、心が赤ちゃんのままだ。

 

本物の赤ちゃんを産んだ今、

心が赤ちゃんの大人の相手をする余裕などない。

 

ストーカー、離婚闘争、親子喧嘩、お金がらみのトラブル。

みんな執着心が引き起こしていること。

 

お金が欲しくて他人を傷つける人。

子供が巣立つのが寂しくて過干渉になってしまう母親。

離婚したいと言う配偶者を手放したくなくて裁判までする人。

 

みんなみんな、執着心。

醜い醜い、執着心。

 

警察も最近はストーカーやDVモラハラの配偶者から逃げるための

相談は親身になってくれるし対応も早い。

 

お坊さんの修行も

モノへの執着を手放す断捨離、ミニマリスト

生きることを楽に軽くするためにやること。

 

世界で支持されている禅の教えも。

 

もうとっくに気がついていて、やる人はやっている。

 

そういえば、夫も母も物持ちだ。

モノが捨てられなくてたくさんの物に囲まれていることで

安心している。

 

私が家を出てから、夫は一緒に暮らしていた家に残していた

私と子供の物をほとんど捨てた。

 

アパートのゴミ置場のゴミ箱が撤去されてしまうほどに

連日大量にバンバン捨てたそうだ。

 

私は、「送って欲しい」と言っていたのだけど。

新品のものも多かったから、ゴミとして捨てるのではなく

せめて人に譲るとかしてほしいと、お願いしていたのだけど。

 

送ってくれたものは、全体の1割もないかな。

 

私は今まで買って来たもの

気に入っていたもの、新品のもの含めて

9割の持ち物を強制的に手放すことになった。

 

一生ものにしようと思って買ったル・クルーゼのお鍋。

これで2人鍋したりカレー作ったりしてたよね。

 

子供が生まれてから移住したその場所は冬に雪が降るから

防寒用に買っていたコートやブーツ、手袋帽子。

全部新品のまま、ゴミにされちゃったんだ。

 

夫と一緒に行った海外旅行先で買ったストールや洋服、

マグネット。

あちこち一緒に行ったバッグたち。

 

私が結婚退職した時もらったプレゼント。

 

あまり使っていない抱っこ紐やベビーカー、

これからも読んだであろう絵本たち。

 

夫は自分のものもめっちゃ捨てた、と言っていたけど

それなら、「あなたと離婚したい」と言っている

妻も、手放すべきではないでしょうか。

 

妻の持ち物はほとんど捨てたのだから。

 

私たちが結婚生活で得て来たモノたちは、

ほとんどがゴミとして捨てられた。

 

夫のイライラや虚しい気持ちと共に。

 

これでもまだ、元に戻れるなんて

そんなはずないじゃないですか。